第四部 日韓併合それぞれの苦難


パゴダ公園のレリーフ
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第四部 日韓併合それぞれの苦難 七、大韓民族独立運動の父・安昌浩

独立自尊・国力培養を訴えた独立運動の指導者

島山安昌浩は"大韓民族独立運動の父"と呼ばれ、日本で言えば吉田松陰か福沢諭吉に匹敵する存在と言える。彼は、「日本に併合されたのは韓国に力がなかったからだ。反日武装テロによって民力を消耗するよりも、国家・民族のために己を捨て、空理空論に走らず実践できる人材を育成すべきだ」と考え、多彩な民族独立運動を展開した。

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第四部 日韓併合それぞれの苦難 六、閔元植による「3・1運動」総括

雑誌『太陽』掲載の「朝鮮騒擾」善後策

閔元植は閔妃皇后に血統をひく韓国人だが、彼は3・1事件直後に「朝鮮騒擾善後策―鮮民の求めるは斯くの如し」という長文の論文を雑誌「太陽」に寄稿した。閔妃皇后が暗殺されたのは(明治28年)彼が8歳の時だった。東学党の乱では閔氏門閥打倒の煽りを受けて両親が殺害される。朝鮮国内や清国を逃げまわったあげく、12歳の時日本へ逃れる。副島種臣と知遇を得て、8年後、伊藤に抜擢され、韓国総督府衛生課長に栄転、その後書記官長などを歴任し、併合後は高揚の郡守に任じられて、この時に3・1事件に遭遇したのである。論文の要約が著書にあるので紹介する。

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第四部 日韓併合それぞれの苦難 五、3・1事件と2・8事件

一国が独立することの意味を問う 独立運動の気運

韓国の四大節は3・1節(3月1日)、制憲節(憲法制定の日、7月17日)、光復節(日本の敗戦で光が復ってきた日、8月15日)、開天節(檀君による建国記念日、10月3日)である。日本との関係で見れば3・1節と光復節は微妙な影を落としている。昭和57年の教科書問題は3・1事件を「暴動」と記述したことから起こっている。

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第四部 日韓併合それぞれの苦難 三、吉野作造が見た初期の朝鮮統治

シカゴ大学教授スタール博士の警告

大正デモクラシーの騎手吉野作造教授だが、大正5年に満州と朝鮮を視察して次のように述べている。

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第四部 日韓併合それぞれの苦難 二、日韓併合を肯定した韓国人たち

責任を当時の指導者に押し付けなかった人々

李氏朝鮮末期から大韓帝国期、朝鮮の中央・地方の政治の不正、腐敗、堕落は目を覆うものがあり、韓国の教科書の記述として著書で紹介している。

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第四部 日韓併合それぞれの苦難 一、日韓併合のプリズム分析

併合に対する国際的評価と併合の必然性

朝鮮統治三十五年の光と影の最後で、一つの民族が他の民族を併合することがいかに困難なことか。いくら相手国に資金を注ぎ込み、生活向上に尽くしても感謝されない。一国の独立を奪う行為がいかにその国の国民にとって、名誉や自尊心を毀損するかを吐露している。ビジネスの世界でも企業合併における、人事の不公平さなどから、二企業間の人事的交流の円滑化は30年かかると聞いている。

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第四部 日韓併合それぞれの苦難 ガイドライン 朝鮮統治三十五年の光と影

3・1独立運動をクライマックスに

第三部は列強圧迫下・苦悩のドラマと題して、併合前までのドラマを見てきたが、本稿から第四部、日韓併合それぞれの苦難と題して、併合35年間の両国、両民族の光と影のドラマを概観してゆく。

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