第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂


行進する朝鮮人志願兵
行進する朝鮮人志願兵

第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 総括

第五部にはあと、十三、親日路線を歩んだ悲運の生涯 ―朝鮮・韓国人と共に忘れてはならないアジアの「戦友」たちへの鎮魂、十四、韓国に建てられた「護国神社」 ―日本軍人として戦死した大邱連隊戦死者を祀る、という2話があるが、さわりを紹介する。

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第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 十二、日韓提携による韓国独立を目指した呂運亨

―国独立を支持した総統府、支持しなかったアメリカ

日本の敗戦から、現在の大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国はどのようにして、独立承認されたのあろうか。ここからの流れは反日日本人も嫌韓日本人もしっかりとつかんで欲しい。

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第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 十一、陸軍士官学校で学んだ朝鮮の青年たち

韓国の李亨根将軍が植えた市ヶ谷台の桂の木

新宿区市ヶ谷台の自衛隊駐屯地(現防衛省)に記念碑、慰霊碑を集めた地域があり、桂の木が植えられている。(現在の防衛省内にあるかは確認していない)その中に桂の木が傍らに立つ標柱には下記の言葉が書かれている。

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第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 十、洪思翊中将の忠誠と佐藤栄作の陰徳

「韓国人犠牲者慰霊塔」の建立をめぐって、洪思翊中将

19世紀後半、列強と日本は朝鮮半島の独立をめぐって対立する。日本基本姿勢は半島の独立と安定にあった。しかし朝鮮宮廷は独立派の要求や反乱を他国の軍隊をもって鎮圧しようとする。日清戦争の直接の引き金である。結果日本が朝鮮半島のイニシャティブを獲得すれば、ロシアの庇護を受ける(俄館播遷)。

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第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 六、「日朝の大義」に生きた崔慶禄少尉

―小野大佐を慕い続けた元駐日大使 日朝の大義に生きる

昭和17年、反抗を開始した連合軍は南西太平洋方面において急速にその勢いを増しつつあった。大本営は朝鮮の竜山に配置し、対ソ戦勃発にウラジオストック攻略に当てる予定の第20師団を急遽、南方の東部ニューギニア戦線に投入することに決定した。12月にはウエワクに上陸、マダンに進出して米豪軍迎撃の体制に入った。

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第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 四、李光洙と崔南善の唱道した大東亜戦争

対日連携を積極的に説いた朝鮮の独立運動家たち 李光洙の内鮮一体論と日鮮同祖論と崔南善の大東亜戦争聖戦論

第四部 日韓併合それぞれの苦難 五、3・1事件と2・8事件でも扱った、2・8事件の「2・8独立宣言文」を起草したのは李光洙であった。近代朝鮮文学の父と呼ばれる文人で無情や開拓者等の小説で有名であった。

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第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 三、韓国の西郷隆盛・金錫源将軍

日本人を率いて戦った朝鮮人 朝鮮人最初の金鵄勲章

日本の陸軍士官学校出身の将校の活躍は目覚しいものがあった。45期以降では4割が戦死、50期、52期、57期は全員が戦死したようだ。ここで紹介する金錫源少佐(当時)は陸士27期で第一線で先頭指揮した。その他ニューギニアで米軍と死闘を繰り広げた李鍾賛氏や、戦闘機を駆使して南方戦線で戦った金貞烈氏など、日本人も及ばない活躍をした人を挙げれば枚挙にいとまがない。

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第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 二、聖戦完遂に熱狂した朝鮮の人々

日韓にはこういう時代があった 日本軍に志願した朝鮮の青年たち

これまでいろいろな時代、人物、角度から日本の朝鮮統治を顧みてきたが、おわかりのとおり困難の連続であった。その憤懣のエネルギーは1919年の3・1運動で爆発することになった。

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第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 一、「内鮮一体」と「皇民化」

皇民化を推進したのは誰がったのか

「日韓併合100年」を機にその歴史的意義を見直すため、名越二荒之助著日韓共鳴二千年史―これを読めば韓国も日本も好きになるを紐解きながら、書き進めてきた日韓のこれからだが、いよいよそのクライマックスである、大東亜戦争期に突入する。

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