第一部 日韓神話の共有性と古代史の感応 ガイドライン 外来文化を受容してきた日本と韓国

日本が受け入れたのは韓国文化だけではない

崔南善は日本統治下の朝鮮で、1919年3.1運動を組織して、独立宣言文を起草している。その後逮捕されたが、やがて転向して満州の建国大学教授になった。満州に跋扈する共産分子の批判活動を展開し、日本が支那事変から大東亜戦争に突入すると、聖戦の意義を説いて戦意高揚に貢献する。しかし戦後は再び転向して日本批判を始めた。彼が終戦後書いた「朝鮮民族独立運動史」にはこうある。

 地図を披見すれば、朝鮮半島が、大陸の乳房のように、垂れ下がっており、日本列島がこれに吸いつかんとする嬰児のような形になっているのを見るであろう。朝鮮と日本との二千年に亘る交渉史は、実に斯くの如き地政学的約束の、刻々の胴体に外ならない。 

 

日本が、この乳房によって、大陸の文化を吸収し、物質を利用するのは、その平和的関係であって、この乳房から離れて、これが思うがまゝに吸い付けない時に、身悶えし、地団駄踏むのは、その浸冠的葛藤に外ならぬ。そして、この乳房の持ち主の温かい懐に食い込んで、その栄養のありつたけを吸い尽さんとしたのが、即ち、日本が朝鮮に向って、毒牙兇爪をふるってやまない理由であったのである。

 

 もっと極端な意見にはこのようなものもある。

 

「奈良時代の支配層はすべて渡来人で占められ、人口の96%は渡来人だった」「現在の日本人は韓半島の戦乱で滅亡した王朝の貴族を最低層(罪人、貧困者)、つまり祖国で生きられない恨みとコンプレックスを抱いた韓民族の子孫だ」。

 

日本は太古以来、韓国からの渡来人は多かった。その中には戦争に敗れた政治亡命者のような人達も多い。学者や僧侶、特殊技能者も多かった。「古事記」「日本書紀」にはその人々の、貢献ぶりや役割を人名を上げて記述している。当時、渡来人には一時金や土地を与え、税金を免除したり、社会的地位を与えてもいる。

 

「新撰姓氏録」には1182氏姓が記録され、その出自により「皇別」・「神別」・「諸蕃」に3分類されている。その中に漢、百済、新羅、高句麗、任那など、約3割強の324氏が渡来系として記録されている。渡来人は日本に融け込み、政治や文化のみならず、技術や生産といった面でも貢献した。朝廷は彼ら姓氏を与え、高い地位を用意した。(当時姓氏は由緒あるものにしか与えられなかった)

 

この他、日本は渤海国から727年に最初の使節を受け入れて以来34回の来日使節を受け入れ、13回渤海国に使節を派遣した。遣隋使は607年が最初で以後4回、遣唐使は第1回が630年で以後15回を数える。大宝律令や平安京といったものは唐の制度や都市計画を取り入れている。いずれにして乳房を吸ったのは韓半島だけというわけではない。

 

さらに南方からの影響も無視できない。インドネシアには天孫降臨の神話があり、山岳信仰がある。ブギス族の住居は高床式住居であり、バリ島には自然信仰や禊の風習がある。「韓国乳房論」などを韓国が主張するのであれば、韓国の文化など小中華で中国の原理主義的コピーだというよう。

 

日本は古代から多様な外来文化を受容してきた。朝鮮や中国からは儒教や仏教を受け入れた。聖徳太子は高麗の僧遺慧慈や覚哿について学ばれた。推古天皇12年(604年)に定められた17条の憲法では。「篤く三宝を(仏・法・僧)を敬う」(仏教を尊重すること)ことと、「詔を受けては必ず謹む」(天皇のお言葉に従う)ことの両立を謳っている。

 

推古天皇15年には、「神祗礼祭の詔」を出され、「祖先の神々を祭ることを怠ってはいけない」として、神祗祭を厳修された。推古天皇の諡名の推古は我国古来の古道を推し進められたという意味である。このご意志は1400年の時を経て明治天皇にも伝わった。明治42年の御製に、

 

よきをとりあしきをすてて外国(とつくに)におとらぬくにとなすよいもがな

 

外国のよいところは取り入れ、悪所は切り捨てて、外国おとらない国にしたいもだ、と詠っておられる。我国は中国の悪しき伝統である纏足や宦官制度、科挙制度は取り入れなかった。フランスの歴史学者ボニファレオ著のフランス歴史教科書「歴史・現代世界」(日本―その偉大なる伝統・文部省刊)はこう結論している。

 

日本はまず輸入したものを模倣し、ついで自分のものにし、それに自国の特性を与えて同化する。それ故、これは単なる受身的なものではなく、自動的能動的な適応である。

 

中国文化に対してもその通りで、日本は輸入した後で、自国自身の伝統に順応させた。それは西洋文化についても同様であった。韓国も他国の侵攻を受けながら、独自のものを失わず、流入してくる様々な文化を自国の伝統に順応させた。日韓両国民は、その点を相互に確認し合いながら、広い視野で持って神話や古代史を見たいものである。