第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 一、「内鮮一体」と「皇民化」

皇民化を推進したのは誰がったのか

「日韓併合100年」を機にその歴史的意義を見直すため、名越二荒之助著日韓共鳴二千年史―これを読めば韓国も日本も好きになるを紐解きながら、書き進めてきた日韓のこれからだが、いよいよそのクライマックスである、大東亜戦争期に突入する。

ガイドライン

我国国民は戦後の連合軍による占領時に行われた、俗称、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(War Guilt Information Program、略称WGIP)によって大東亜戦争を愚かな日本の侵略戦争と単純化し、韓国国民は日帝36年の怨念をこの時代に凝集して反日感情を燃やしている。

 

著者はこう指摘している。

 

「満州事変で日本が間島一帯の朝鮮人の権益を守り、満州の秩序が一挙に回復した。支那事変ではかつての迎恩門で三跪九叩頭の礼で朝貢していた宗主国中国に断固たる態度で行動を起こした日本を熱狂的に支持したと考えられないだろうか。「内鮮一体」「皇民化」のスローガンはそのような朝鮮全土の空気の中で組織された。朝鮮人や台湾人は、そしてアジア諸民族は。「欧米植民地勢力の打倒」「大東亜の解放・共栄圏の建設」という聖戦意識で盛り上がった。その証拠に志願制度が採用されると、朝鮮は40倍、台湾では600倍を超える応募者が殺到したのである。異民族がこのように熱狂したことは、史上例を見ない。」

 

また、大東亜戦争は日本人だけが戦ったのではない。朝鮮人、台湾人は正規の日本軍人として参戦し、アジア諸民族も参加した。その結果、朝鮮人2万1千余名、台湾人2万8千余名が戦死して靖国神社に合祀されている。その中の朝鮮軍人には特攻隊員に志願した人もいる。彼らは内鮮一体のスローガンの中で異民族としての苦汁を味わいながら、志願したのではないか。彼らの中には終戦後の軍事裁判によって「B・C級戦犯」の汚名を着せられ、無念にも処刑されたものもいる。彼らの魂は、死に臨んでどこに帰っていったのであろうか。慰安婦問題ばかりが喧しく論議され、昨今では謝罪や賠償、裁判などと騒いでいるが、日本人ならば朝鮮・台湾の戦歿者に対し鎮魂の心を忘れてはならないであろう。

 

現在の日本では大東亜戦争をアジア解放の戦いと称しても朝鮮・台湾を植民地化して戦ったのでは説得力がない、という人がいる。著者はその反論としてアジアが独立したら朝鮮・台湾も独立できると信じて戦ったのではないか、と答えているという。しかしある韓国人は「結局独立はしないだろう。今の日本のように、アメリカ占領の惰性が続いていたのではないか」

 

皇民化推進団体

皇民化は第7代総督南次郎大将が着任後推進されることになる。総督府学務局嘱託の頃の李覚鐘は、現在では悪名高い「皇国臣民の誓詞」をつくった。皇国臣民の誓詞がすべての雑誌の表紙に掲載されるようになると、続々と皇民化推進団体が結成される。時局対応全鮮思想報国連盟、皇軍慰問作家団、朝鮮文人協会、国民総力朝鮮連盟、皇道協会と枚挙に暇がないくらいである。支那事変中の朝鮮全土の熱狂は内地以上ではなかったのかと思わざるをえないくらいである。

 

ソ連アメリカに迎合した日本人

戦争中過激な言論で戦意高揚を煽っていたものが、敗戦後掌を返したように平和と民主主義を唱えるといったカメレオンのような学者が日本には多数いた。その学者が戦後の日本の言論界をつくったことは記憶にとどめるべきである。シベリヤの抑留された日本人はいとも簡単に洗脳されて、反対に反動と階級闘争と称して同胞を吊るし上げるという闘争方法は日本人が考案したのだった。「そんな野蛮なことはやめろ」とソ連の政治部員が指導しても日本人はやめなかったという。

 

挙句の果てにスターリン元帥に贈る感謝署名運動をシベリヤで展開しソ連に媚を売らなかった反動分子除いた6万5千人全員が署名した。文書の最後に「万国勤労者の偉大なる師父、敬愛するイオシフ・ヴイツサリオーノ・スターリン万歳」で終わっている。結局スターリン本人に渡すことができずに、山形県鶴岡市のシベリヤ抑留博物館に展示されている。

 

権力に迎合したのはソ連抑留者だけではなく、占領下の日本人も似たり寄ったりだと著者は言う。黒塗り教科書は占領軍の命令ではなく文部省が気を利かして迎合して指令した。そして東京裁判が始まると、責任を開戦時の首相であった東條英機個人に着せ豹変した。

 

アメリカ人の従軍記者スチュワート・グリフィンは「神国いづこ」という本を書き、占領下の軽薄な日本人の便乗ぶりを「こんな愚かな民族は皆殺しにすべきだ。しかし殺すには時間と金がかかる。教育して使うよりほかない」と痛罵している。

 

日本は現在もなお自己を客観視できず、東京裁判の発想から脱皮でいないまま、今日に至っています。そのため「謝罪」を優先し、国家としての顔を見失ったままです。日本の病根は韓国よりも深い面があることに気づかねばならないと思うのです。

 

著者のこの言葉を私たちは真剣に受け止めなければならない。