第五部 大東亜戦争 朝鮮への鎮魂 四、李光洙と崔南善の唱道した大東亜戦争

対日連携を積極的に説いた朝鮮の独立運動家たち 李光洙の内鮮一体論と日鮮同祖論と崔南善の大東亜戦争聖戦論

第四部 日韓併合それぞれの苦難 五、3・1事件と2・8事件でも扱った、2・8事件の「2・8独立宣言文」を起草したのは李光洙であった。近代朝鮮文学の父と呼ばれる文人で無情や開拓者等の小説で有名であった。

彼は朝鮮小説史のなかで、ヨーロッパ的な意味における小説の先駆者であり、朝鮮語で美しい恋愛、思想、感情を表現できることを証明たのも彼であり、自由恋愛、女性中心主義が良く打ち出され、李光洙の小説こそが啓蒙主義的政治論というのにふさわしいものである、と評価されている。

 

彼は3・1事件の2年後、朝鮮の生活と文化で民族改造論を発表して、

 

「半島人を救うのは、決して自由でも独立でもない。勤勉と努力である。彼らは徒に半島の独立を叫ぶよりも、まず精神の独立を図らなければならない」

 

と主張するのである。日本では福沢諭吉が「一身独立して一国独立す」と主張したことは有名だが、朝鮮にもそれが当てはまると気付いたのだろう。

李光洙は昭和14年(1939年)朝鮮文人協会発足時に会長に就任する。時期を同じくして彼は内鮮一体のスローガンに呼応して朝鮮文化解消論を打ち出し、親日文学者となって愛国運動(対日協力)に邁進する。

 

わたしは、いまとなってはこうした信念を持つにいたった。すなわち、朝鮮人は朝鮮人であることを全く忘れなければならないと。血と肉と骨がすっかり日本人になってしまなければならないと。このなかに真に朝鮮人の永世の唯一の道があるのだと。したがって、朝鮮人文人ないし文化人の心的新体制の目的は第一に自己を日本人化し、第二に朝鮮すべてを日本化することに全心力をささげ、第三に日本文化の昂揚し、世界に発揚する文化戦線の兵士となることである。朝鮮文化の将来はここにある。このため朝鮮人は、その民族感情と伝統の発展的解消を断行すべきである。この発展的解消をさして、内鮮一体というのであると信ずる。(「心的新体制と朝鮮文化の進路」昭和15年9月)

 

彼の信念を支えたのは、日鮮同祖論であった。

 

…内鮮両民族は血をともにした民族である。2000年前にはひとつの民族であったのであり、そのごも、1200年前に百済から日本に渡った百済の子孫が、内地埼玉の高麗村で、日本人と結婚し、その後の孫は混血の完全な日本人となって、その数は1800万人にものぼる計算になる。それに、おそれおおくも、皇室にも2度にわたって朝鮮の血が混じっている。―中略― だからわれわれは天皇陛下の臣民として忠義を尽くさなければならぬのであり、われわれの芸術もまたそうあらねばならぬのである。(「新体制下の芸術の方向」昭和16年1月)

 

李光洙は昭和24年(1949年)2月、李承晩政権下で反民族行為処断法で検挙投獄される。獄中で「私の告白」という自叙伝を出筆するが、自分は愛国ゆえ親日なのであると一切の懺悔を拒否している。朝鮮動乱中、北朝鮮に連行され、その後の消息は不明である。

一方、3・1独立宣言を起草した崔南善はどうだったか。崔南善は早稲田大学に学び、帰国後は雑誌「少年」の刊行を皮切りに「新星」「青春」等、啓蒙雑誌を発刊して文化啓蒙運動を展開する。

 

李光洙とともに朝鮮近代文学の基礎をきずくのに大きな役割を果たしたと評価されている。3・1独立運動時に29歳であった。3・1独立運動で逮捕拘束されるが。大正10年(1921年)仮出獄とともに「東明」を創刊して時代日報の社長になる。昭和13年(1938年)満州建国大学の教授に就任して、朝鮮史「故事通」を執筆する。昭和19年1月に発表した「アジアの解放」と題する論文でも大東亜戦争は「全東亜解放運動」であり、「世界改造の重大な楔子であると同時に、人類史の『世界』を現前させる機縁」であるとしている。同年2月には「聖戦の説文」と題して次のように論じている。

 

聖(※)という文字は3つの要素から構成されている。まず「耳」。耳は上に天声を聞き下に民意を聞くことをあらわすものだ。天声はすなわち、正義に与する真理と良心の命令であるから、かの世界歴史の帰趨から現世紀の課題となっているアジア解放のごときがそれである。そして、大東亜戦争において米英の桎梏に泣く東亜10億大衆の祈願をかなえてやることは、また民意の垂察にある最大聡明なことたらざるをえない。

 

第二に「口」は真理と良心の命ずるところを実行の目標として、はっきりと掲出してこそ、破邪顕正、遮悪掲全の軍号となるものである。大東亜戦において東亜の安定を確保してこそ、真に万邦共栄の世界秩序を確立するらんと述べられた聖戦の大詔が粛布され、ここに斉声嘆仰と協心翼賛の誠意を表白した大東亜会議の共同宣言が続いて嵩呼されたのは、正に転輪聖王の陣頭のみあらわれうる大獅子吼であるというべきであろう。

 

第三に「壬」の字は。真理と良心の権威として、所轄集団の指導にのぞむ統率者の指揮棒を意味する。すなわち高邁な地位から権力を持って大衆を指導するものが「聖」という言葉の意味だ。偉大な事業であればあるほど、それにふさわしい指導原理と指導勢力を必要とするものであるが大東亜戦争には八紘為宇の精神にくわえてそれを実現するに足る日本帝国の実力があって、信頼と饗応が日々深みと厚みを増していくのは、あらためて贅言を要するまでもない事実である。※(聖の下辺のと『王』は『壬』と書く『聖』の字が書かれている)

 

このような崔南善の「東亜解放」や「大東亜戦争聖戦論」に多くの朝鮮人が共鳴し、45倍もの朝鮮人が兵役に志願したことは紛れもない事実である。