第四部 日韓併合それぞれの苦難 二、日韓併合を肯定した韓国人たち

責任を当時の指導者に押し付けなかった人々

李氏朝鮮末期から大韓帝国期、朝鮮の中央・地方の政治の不正、腐敗、堕落は目を覆うものがあり、韓国の教科書の記述として著書で紹介している。

勢道政治による中央政治の不正・腐敗と堕落は、そのまま地方政治に波及し、地方の官吏や郷吏は権力を乱用して私利私欲をむさぼった。彼らは法律にない各種の税金を思い通りに徴収し、百姓らを捕らえては罪名を着せ、財物を略奪したりする風潮が生じた。政治の紊乱、警察の横暴、民主の困窮は極に達し、改革も悉く失敗して万策尽きていたのである。

 

その状況に李容九は対等合邦を考え、宋秉畯は、

 

「韓国皇帝には徳がない。日本の天皇のもとに日本の体制をそのまま持ち込めば、文明開化が手っ取り早く実現できる。売国奴と蔑まれようと、韓国民を救うためには、合併しなかい」

 

と決意するのである。五賊というのは、現在の韓国において日韓併合を推進したトップ5をいうのだが、その筆頭に挙げられているのが李完用首相である。李完用は臨終の席でこう言っている。

 

「私の生涯は汚辱で終わるのだ。人々は、栄光の生涯を度外視して汚辱の生涯だけを拡大して伝えるだろう。―中略―

 

わたしも、自主独立だけを絶対値に信じる者だ。ただ、その次善の策が親日であっただけだ。なぜ併合条約を前後して、この国の独立主義者たちはわたしをぶち殺さなかったのか、密かにもの足りなく思う」―後略―

 

李完用の言葉には韓国の民衆を不正と困窮から救うことが、もはや自国ではできないと、為政者らしく悟っていたことがうかがわれる。腐敗しきった宮廷、中央官吏、地方郷吏を政府内閣の力ではどうにもできない現状の吐露ではないだろうか。現在の韓国では李容九、李完用、宋秉畯らを国賊・売国奴の代名詞のように扱っているが、内外の情勢に熟知した上で併合に賛成した人の中から3人をピックアップしてみる。

 

李成玉

李成玉は「李完用候の心事と日韓和合」の著者であり、アメリカに全権公使として赴任経験がある。(この時の通訳が徐載弼)李成玉はアメリカに赴任するとアメリカでは朝鮮人が軽蔑の対象となっていることに愕然とするのである。その軽蔑はアメリカインデアンよりも劣っている現状を知り、(当時のアメリカの社会がいかに差別的かわかる)次のように述べている。

 

「現在の朝鮮民族の力量をもってすれば、とても独立国家としての体面を保つことなできない。亡国も必至である。亡国を救う道は併合しかない」

そして併合相手は日本しかない。欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。日本人は日本流の道徳を振り回してうるさく小言を言うのは気にいらないが、これは朝鮮人を同類視しているからである」

 

「そして日本は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外にわが朝鮮民族が豚の境遇から脱して、人間として幸福が受けられる道はない。日韓併合が問題になるのは、変なん話しだ。我が輩の併合観は欧米の朝鮮民族観を基に考察したのだ」

 

洪鐘宇

洪鐘宇は日本で活版工として働き、その後パリに留学する。帰国後は開化派として国王の命で金玉均接近し、上海で金玉均を暗殺する。その功績で帰国後は平理院裁判所長に栄進する。俄館播遷のとき金弘集内閣に内閣罷免の通知を持参したのも彼である。徐載弼の独立協会が盛んな頃、皇国協会の会長としてテロ組織率いてこれを弾圧(この時李承晩の爪を拷問)したのも彼であった。洪鐘宇は常に反日派として政界の暗部で活躍していた。後年、彼は国王を避難したかどで失脚することになる。彼はかねてから京城新聞主幹の青柳綱太郎と親しくしていた。 彼は青柳にこんなことを吐露している。

 

「韓国も今や末路である。滅びざる国はなく、4千年の旧邦も今や断末魔に近づいている。一進会員ならざるも哀々たる庶民は此上塗炭の苦しみにまみれたくなかろう。むしろ、日本は速やかに併合して日本天皇陛下の政によりて、12百万国民が蘇生することを得れば、国は滅んでも滅び甲斐ありと言わねばなるまい」

 

一貫して国王に従ってきた洪鐘宇故に重みがあるといえる。

 

朴栄喆

50年の回顧の著者朴栄喆は帝國陸軍少佐で日本統治時代の道知事でもある。彼は韓国滅亡の教訓としてこう述べている。

 

公平無私な観察を下すときは、いくら日本の朝鮮統治に反対しても、善政は善政に相違なく、いかに伊藤公を毛嫌いしても公の真意には感謝せざるを得ない、とはある評者の言であった。

 

究竟するに韓国を亡したものは日本でもなければ之を責めるにも当たらぬ。また当時の李完用始め時余の責任者でもなければ之を攻撃する必要もなし。詮ずるところ、その責任は2千万同胞にあるのである。

 

思うに韓国自体が独立の要素を欠き、独力独行することができなかったためであって、古今を問わず韓国国民全体が無気無力為す事なかりしの致すところであって、まことに自ら招ける禍であるといわねばならぬ。

 

日露戦後、日本は前例に鑑み韓国の保護啓発に努力したるも韓国の上下は少しも日本の誠意を理解ぜず陰謀を策し、詭謀を企て陰に陽に敵対行動を取ったので日本は終にやむを得ず最後の手段として日韓併合を断行するにいたった。

 

…今日あるのは自業自得であると云わねばならなむ。

 

著者はこの引用についてこう感想を述べる。

 

しかし朴栄喆は、李朝の失政や、李完用ら五賊の売国的行為両班の横暴などには一切触れていないのです。それどころか伊藤総監の真意に感謝し、韓国に対して保護啓発の努力をした日本の誠意を認めております。―中略― 日本はやむを得ず合併した。それは自業自得だというのです。当時の指導者に対する批判ではなく、むしろ韓国民としての反省なのです。

 

歴史の場合、結果が事後的に悪いという評価になったとき、国民は往時の為政者にその罪をなすりつけがちだ。大東亜戦争開戦における経緯も同様で、昭和天皇は終始、外に向かって進出するようりも内充を念じておられた。その意を呈して東條内閣は日米交渉をまとめようと妥協点を探したが、アメリカから譲歩を得られるどころか、経済制裁で閉塞感は増すばかりであった。

 

この状況に開戦を望んだのは国民であり、それを煽ったのがジャーナリズムであった。さらに東條内閣の弱腰に鞭打ったのが、11月17日、帝国議会の「国策遂行に関する決議書」の全会一致の可決で、その後ハル・ノートをたたきつけられ日本は開戦へかじを切るのである。東條英機は戦犯第1位に常にランクれているが、真の戦犯は日本国民なのではないだろうか。

 

著者は最後にこう締めくくる。

 

確固たる国家意志が定まらず、ムードに流され、多民族を統治するだけの成熟度に乏しかった昭和史の流れを、国民として反省すべきではありませんか。自らの反省を行わず、責任を当時の指導者に押し付ける無知で傲慢な態度こそ恥ずべきであります。常にムードに流されるのは政党ではなく私たち国民の側なのであると思うのであります。