第七部 かかる韓国人ありき[戦後編] 一、国境を超えて生きる師弟愛

日本人の『篤行美談集』を著した林成洙と恩師を讃える金泳三大統領

林成洙は1924年(大正13年)朝鮮生まれ、朝鮮戦争後に国務総理室を皮切りに国家公務員として要職を歴任、退官後に韓国の若者たちを対象とした『善行・美談シリーズ』を出版、さらに『韓国と韓国人を愛した篤行美談集(日本編)』を出版した。この本は韓国に尽力した日本人の美談を170余篇集めたものである。

林氏は戦後も中学時代(5年制)の恩師(日本人)たちと文通を続けた。そして中野貢教頭(当時)や松浦文彌恩師を同窓会を開催して韓国に招いている。また逆に恩師を訪ねる日本旅行も行い、日本各地の恩師を訪ねている。

 

このような韓国人の篤行は何も林氏が特別なわけではなく、盧泰愚大統領も恩師を招いて歓待している。金泳三大統領も統営中学時代の恩師・渡辺巽先生を青瓦台に招いた。その時大統領は次のように述懐した。

 

50年経っても同窓生に会えば、渡辺先生の話をする。先生は中風になっても、左手で手紙を書いて激励してくださった。統営中学時代、韓国人を軽蔑し生徒を迫害した校長と異なり、渡辺先生は韓国人を理解し愛育した。民族を超越して師道を貫かれた先生であった。

 

最後に著者はこう言う。

 

日本でも卒業式には「仰げば尊し、我が師の恩」が歌われていました。しかし今はほとんど歌われず、教師を教師と思わぬ風潮さえも起こっています。日本人が韓国に学ぶべきことは、国境を超えて生きる師弟愛の素晴らしさではありませんか。