第七部 かかる韓国人ありき[戦後編] 五、戦後の日本の原点は「終戦の詔勅」にある

日韓人協会の鄭時東理事長による「戦後日本」批判

韓日人協会理事長の鄭時東氏は昭和18年(1943年)日本で生まれた、いわゆる在日朝鮮人である。

第二次世界大戦を日本国民はよく戦った。それが契機となってアジア諸国は独立をした。この偉業は将来誰も否定出来なくなるであろう。そして注目すべきは日本が、敗戦と決まれば、整然と矛を収めたことである。この見事な収拾ぶりは、世界の驚きであった。何がそうさせたのか。『終戦の詔勅』なくしては考えられない。

 

彼は終戦の詔勅を暗記しているのである。そういう彼は戦後の日本人をこう批判する。

 

先の大戦には朝鮮人も参加してよく戦った。特攻隊員として戦死した人もある。これら勇敢な朝鮮出身の軍人たちに対して、日本は感謝したことも讃えたこともなかった。"仁"の徳(皇室の伝統)を忘れないなら、日本人は日本軍人として戦った朝鮮の人々に対しても敬意を表するべきではないか。

 

日本は敗戦してから日本人戦死者を"気の毒な犠牲者"として見る傾向がつ強い。ルバン島で30年近く戦った小野田寛郎少尉にはフィリピンのマルコス大統領は、勇者の礼を持って迎えた。日本の田中首相は「気の毒なことをした」といってポケットマネーから100万円贈った。それに対してブラジル大統領は"世界戦史に見られない英雄"として讃え、ブラジルに在住してもらえれば、あらゆる便宜をはかると礼を尽くした。小野田さんは現在ブラジル在住だ。

 

韓国側にも問題がある。日本軍人・軍属として戦った人々を"日帝の手先"として侮蔑するのはやめてもらいたい。彼らはアジア解放の理想に共感して使命感を持って大東亜戦争を日本人としてた戦ったのである。敵とか味方とか勝敗とか国籍を超えて讃えるのが常識なのである。反日韓国人、反日日本人、嫌韓日本人ももう少し大人になる必要がある。