第八部 日韓両国民への八つの提言 ガイドライン 「日韓共鳴史」を構築するために

金鐘学教授の問題提起を受けて

金鐘学教授は昭和2年生まれ、日本の中学校教育を受けている。日韓国交樹立(昭和40年)後に在日韓国居留民団の文化部長をしている。昭和49年に帰国後、「韓日文化研究所」を設立した。教授は日韓史についてこのように述べている。

日本と韓国の歴史は古い。その間不幸な悲劇を生んだ。何故そうなったのか。その背景を相互に深く理解して今後の教訓にしたいものである。そのためには、歴史の歩みに対してお互い、"合掌"するような心構えでゆきたいものである。―中略―

 

例えば8月29日はどんな日か日本の皆さんにわかるであろうか。韓国人にとってこの日は"国辱記念日"なのである。―中略―

 

だから韓国人は、日本への執念を燃やしてやまない。私はそれを残念に思う。韓国人は日本の憎悪し、日本人はお詫びをしたのでは日韓とも実りはない。愚者は感情でものを考え、賢者は歴史の事実を教訓化する。―中略―

 

韓国はなぜ日本に併合されるような屈辱を味わなければならなかったのか。責任をすべて日本に転嫁したのでは、何の教訓も得られない。韓国の反省、韓国の責任も合わせて考えるのが、"国辱記念日"の意味である。

 

また教授はこう考えるようになったのは戴天仇の日本論を読んでからだという。日本論で戴天仇は日本の特徴を概括してこう述べているという。

 

  1. 天皇と神道を中心とする日本的国体を国民的信仰にまで高めていること。 
  2. 外来の仏教思想を、日本的なものに消化していること。 
  3. 日本的武士道を確立したこと。 

 以上を基礎にして、ヨーロッパの東侵時代を迎え、伝来した科学文明を受け入れて、現代の勢力を作り上げたこと。また日本の北進(ロシア、中国への進出)について戴天仇の日本論から引用している。

 

―前略―

もし日本が北進に努力しなければ、ロシアは必ずや朝鮮を侵略したであろう。腐敗せる朝鮮王室と両班がどうして露国を一蹴し得たであろうか。故に日本の北進は、止む得をなかったのである。日清・日露の両大戦は、日本とって民族の興亡、国家の存亡を賭した戦いであった。―中略―

"前進は生路であり、後進は退路である"ということを、彼らは極めてよく承知していたのである。

 

著者は金鐘学教授の話を聞き、日本人による韓国論を語らねばならないと思ったという。そして強い口調でこう指摘するのである。

 

私は、政治主導によって韓国と日本の間に共通の歴史認識を構築することには反対である。本書でもたびたび指摘したように、両国の立場をもっとおおらかに認め合う所からしか真の友好は生まれないと思うからである。